木戸じゅん。

~副題 is Nothing~

【書籍感想】『お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?』(著:エノ・シュミット)でベーシックインカムについて考えた

ベーシックインカムのことについて知りたかったので、『お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?』(著:エノ・シュミット)を読んでみた。個人的に興味のあるポイントをここでは挙げる。

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ベーシックインカムとは

ベーシックインカムは「基本的な収入」という意味で、人が人らしく暮らすために必要な収入をさす。

 

実は、すでに私達は「条件付き」でベーシックインカムを受けている。

例えば会社員なら、勤務日には出社して仕事をすれば、労働の対価として金銭を受け取る。これは条件付きのベーシックインカム生活保護なども条件付きで受給できるという点で、これに属する。

昨今語られるベーシックインカムは、これを「無条件」に受給できるものを指している。

 

ベーシックインカムによって人は怠け者になるのか

ヨーロッパで行われた、ベーシックインカムに関するアンケートの質問として、

①「あなたはベーシックインカムを得ても働き続けますか

②「他の人はベーシックインカムを得ても働き続けると思いますか

というものがあったという。

回答結果が面白く、

①の9割が「日数は減らすけど働き続ける」と答え、

②の9割が「他の人は働かないと思う」と答えたそうだ。

ベーシックインカムに対する当人の考えと、当人の考える他人の行動は真逆になる、という点で面白い。

将来的にベーシックインカム給付が始まったとしても、働いている人は少数派という状況にはならなさそうなので、労働意欲のある人は自分に正直な選択をしてもよさそうだ。

働くかどうかは、社会への影響を考慮して決めるのではなく、あくまで個人の意思の問題だということを、このアンケート結果が示している。なにせ、ベーシックインカムがあっても9割の人は働こうとするのだから、社会が回らなくなるはずがない。

 

「働かざるもの食うべからず」に対する個人的疑問

ベーシックインカムについて議論しだすと、「働かざるもの食うべからず」という格言が場に現れる。

元は「働けるのに働けないものは食べてはいけない」という意味だ。

この格言にならうと、やむない事情(病気や失業など)により働きたくても働けない人は食べても良いのだが、どうにもこの格言を盾にして「どんな理由があってもあなたは働いていないから食べちゃダメ」という心無い言葉を言う人が少なからずいる。実際、望まずして職を失って生活できなくなった人に、「自己責任だ」などと平気でのたまうのは、「働かざるもの食うべからず」を誤解しているとしか思えない。

 

無条件のベーシックインカムは、社会生活を営むうえでの人権の一部として、収入を約束するものだ。よって、働く働かないに関わらず、誰でも食べていいし生きていい。

どれだけこの格言が権威をもつかは知らないが、生きている以上は生きるために食べることは人権として約束されていい。じゃなければ、何のために憲法があって、その中で基本的人権について保障されているのか。

 

「働かざるもの食うべからず」に対する私の疑問は、

それって絶対に守らなければいけないの?」ということだ。

付け加えれば、

そんな生き方を押し付けてくるあなたは何様?」だ。

 

「生活のために働く必要がなくなったら、どうする?」への答え

この本のタイトルは疑問文だ。そしてこの文は、2016年スイス国民投票のときに、ベーシックインカム賛成派によってかかげられたポスターに書かれ、世間の耳目を集めた。

 

それに対する私の答えは、

自分がやりたい仕事を通して社会と関わり続けるだろう」だ。

住む場所を転々としたり、世捨て人を気取ったりして、最終的にそこに落ち着きそうな気がする。

 

私はベーシックインカム賛成派だ。

21世紀は、人が本来やるべき仕事、いや人としての営みが放置されすぎている。ロボットが仕事を代替できるようになったら、人は友人・恋人・家族と過ごす時間が増える。その時にベーシックインカムは必要になってくる。人が人らしく暮らすための手段として。

 

お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか? (光文社新書)

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