木戸じゅん。

~副題 is Nothing~

「尊い」という言葉の意図するもの。そこにあるのは「愛」だった

 

尊い」とは?

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尊い」という言葉は、感情表現の一種である。

誰かに向けて「尊い」という言葉を使った場合、その言葉を向けた対象の存在が、自分の中で大きなものであると認めたことになる。「あなたが居て良かった、嬉しい」と自分主体の感情表現ができる。

「あなたは尊き存在だ」とパートナーに告げたなら、それはもはや「あなたを愛している」に等しい意味合いとして受け取られるだろう。

中には「なにそれ、どういう意味?」と、言葉の意味を理解できない人も居るかもしれないが、その場合は「つまりライクじゃなくラブだってことさ」と補足しておけば意図は伝わるだろう。

 

「敬語」と「尊敬」の関連性

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日本語には『敬語』というものがある。多くは、若年層が上の世代の人に対して言葉を発する際に使用される。語句や文脈を修飾し、相手を敬う気持ちを現すことのできる、優れた言葉遣いだ。

ただし、現代日本では「相手が敬語を使っている」=「相手から尊敬されている」と、必ず繋がるわけではない。相手との距離をはかるために、敬語を使うこともあるのだ。

なぜ敬語を使うと相手との距離が遠くなるのか? 理由は、心理的な格付けを行っているからだ。相手を敬うとき、我々は相手より下に自分を位置づける。そのとき、相手との心理的距離は離れる。それには好悪の感情が強く影響し、好きな相手とは近くなるが、反対に嫌いな相手と話をしているときには、日本と南米大陸ほどの距離にまで伸びる。

 

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この人とは腹を割って話したくない」と思った時、我々はまず心理的に対象から離れたがる。対象との心理的相対距離をとるために自らの格付けを下へとずらす。自分の周りに心理的障壁を作るため、さらに相手へと奥ゆかしく自分の気持ちを伝えるため、敬語が使用される場合もあるのだ。

純粋な尊敬の念から敬語が使われる場合もあるので、見極めが難しいところである。ちなみに、敬語の用法における巧緻の個人差は、尊敬の深さとは比例しないので注意されたし。敬語の本質は「敬う心」だ。

また、親しくなりたい相手に対して敬語の使用を控えるのは、対象との心理的距離を無くすために効果があるが、あくまでも自分に対して効果を発揮するのであって、対象の抱く心理的距離には作用しない。

ただ、自分から近づかなければ相手が心を開かないのは確かなので、親しくなりたければまず敬語をやめるところから始めるのもいいかもしれない。

 

特定人物を「尊い」と思う心理

特定人物に対して、私達が「尊い」と言葉を発するとき、そこには純粋な尊敬の念がある。

 上記は私のツイートだ。これは『祥鳳(艦隊これくしょん)』を「尊い」と感じた瞬間のことだった。続けて、「ありがとう」という『感謝』が芽生えた。

 

尊い」の感情を持って行動する人間を、漫画から例を出すならば、『うちのメイドがウザすぎる!』のメイド、鴨居つばめが挙げられる。

 鴨居つばめは、とある父子家庭の家政婦として働くことになるのだが、そのきっかけは「超絶美少女とキャッキャウフフできるから」であった。彼女は御嬢様こと高梨ミーシャのお世話をしながら、「御嬢様のことをもっと知りたい、近づきたい」という思いから破天荒な行動にはしる。その結果として高梨ミーシャの頭を悩ませる、というのがこの漫画の見どころのひとつだ。よって、キャラクター単体よりは、彼女らの関係性に着目して楽しむタイプの漫画である。

鴨居つばめは「尊い……トウトイ……」と口にするが、そこにあるのは高梨ミーシャやミーシャの友人を「敬い、愛する心」だ。

物語序盤、「私は動物じゃない」と言って壁を作るミーシャに対し、つばめは「だから、もっとあなたのことが知りたい」と告げる。

鴨居つばめは、高梨ミーシャの存在を認めている。知って幻滅することを恐れない。むしろ、より知りたいと望む。自分の一方的な思い込みを押し付けるのではなく、対象のことを理解することに努め、その上で敬愛し仕えているのだ。彼女の「尊い」は「愛」と同一である。

 

尊い」と「萌え」の違い

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「萌え」とは、対象への好意的感情が込み上げてきたときに使用される言葉だ。多くはインターネット上で使用されている。現実での対人会話において使用されることは一般的ではない。

尊い」と「萌え」の違いを挙げるなら、私であれば以下の2点に着目する。

・感情の持続性はあるか

・対象の性格・嗜好を尊重しているか

 

対象を好意的に感じた瞬間、自己の中に特別な感情が芽生える。それがいわゆる「萌え」という現象だ。それから、長期間に渡って対象への興味が続き、対象のことを詳しく知りながらも、まだ好意的な感情を持ち続けていられれば、それは「尊い」という感情へと至る、というのが私の持論だ。知る過程で幻滅するのであれば、好意的な感情は薄れ、「尊い」とは思わなくなるだろう。

つまり、感情の発露が「萌え」で、それが持続すれば「尊い」に変わる、ということだ。

 

尊い」を言い換えるなら

まさしく「」だ。