木戸めぐるの巡回動機

~副題はまだない~

「常識」をセールストークに使う? こんな世の中じゃポイズン!

 2018年11月3日早朝、こんなツイートをした。

 

「常識」という言葉がセールストークに使われるようなこんな世の中じゃポイズン。

今回はそんな話だ。

POISON?言いたい事も言えないこんな世の中は?

POISON?言いたい事も言えないこんな世の中は?

 

 

常識の定義について

まず、「常識」というものが何なのかについて語らねばなるまい。というのも、この手の話をしだすと、「そもそも常識の定義とはなんなのか」という哲学的な思考を持ち出してしまうのが、我々フィロソフィカルな現代人だ。

dictionary.goo.ne.jp

 

常識の定義について調べていたら、数分かかってしまい、腹が減った。これは常識なのだろうか、いや、この場限りの衝動かもしれない。そう言えば朝飯を私は食べていない。「朝飯を食べる」行為も現代では常識として認識されている。これについても後述したいところだが、論旨から大きくずれそうなので控える。なお、当記事にてところどころ話の腰が折られる理由は、当記事のカテゴリ名から推測してもらいたいのだが、記事カテゴリに合わせてライティングスタイルを切り替えているからであって、ご理解いただきたい。

 

話を戻そう。朝飯摂取のことでも、GTO(偉大なる教師鬼塚)を演じた反町隆史氏の歌った名曲のことでもない。常識の定義についてだ。

 

短く言うなら「社会的共通認識」だ。文章におこすと「概念・対象物・行動などに対して社会に生きる人々が共通して抱く考え方」だ。

 

ここからしばらく真面目な解説をする。この記事を読むあなたはおそらく休憩中もしくは休暇中だろう。少なくともまとまった時間はあるはずだ。

 

こった網膜の筋肉をほぐすためにもディスプレイから目を離して遠くを見てほしい。そしてお気に入りのドリンクを手元に用意してほしい。

 

私は手元の1杯目のカフェオレを飲み干して真面目に記事を書く。

 

非常識であるとはどういうことか

以下はすべて非常識とされている。

・日本では太陽が西の方角からのぼり、東に沈む

・お店で商品を手にとってから、お金を払わずにお店を出ても良い

・1日1食

・スーツにビジネスリュック

 

万物は流転する、常識も変わる

上記の「非常識とされるもの」をざっと見て、聡い方や情報感度の高い方は気づいただろう。いくつかの「非常識」が揺らぎ始めている。

 

首都圏では無人店舗の試験運用が始まっている。

www.itmedia.co.jp

 

書店の棚を覗いてほしい。1日1食のライフスタイルを実践する人は居る。タモリ氏や福山雅治氏もそのうちの一人だ。

完全図解! 一日一食のススメ

完全図解! 一日一食のススメ

 

 

なお、「スーツには手提げかばんが常識」についてはリンクを貼れる程の論理的説得力をもつ参照先がなかったため、掲載しない。「合理性」はあっても「正当性」はなかった。「スーツ→仕事」のリンクが成立していたのは、せいぜい1990年代までだ。2018年の今、カジュアルファッションで仕事することなどおかしくない。おかしいというならば、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ氏もおかしいと表立って発言する覚悟を持たなくてはならない。

tabi-labo.com

 

堀江貴文氏は服の種類にこだわらないタイプだ。服にこだわらなくても仕事はできる、というか服装で仕事しているわけではないのだ、我々は。

 

日本で朝日が西の方角から見える」さえ、現代では常識でも、2050年ごろには変わってしまっているかもしれない。VR(ヴァーチャルリアリティ、仮想現実)を生活の場とする世の中に変わってしまえば、「太陽は暖かいから、暖かい方角から登るんじゃね?」という発想により、「南からのぼって北に沈む仮想現実」で生活する人々がマジョリティになっても何もおかしくない。

 

そんな世の中になったら、人々は口を揃えて言うだろう、「太陽が東から登る? あなたは非常識な人なんですね」と。

f:id:kidomeguru:20181103104953p:plain

 

つまり、時が経てば「常識は変わる」ということだ。そして、変化のタイミングを逃さない人がビジネスチャンスを掴み、富を築くことだろう。

 

「常識」というワードの持つパワー

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2杯目のカフェオレをいれてしまったので、ここからは脱力と脱線が入り交じる文章になる。

 

「常識でしょ」は、自分が常識的と思っている話し相手には強いインパクトを与える、ということをご存知だろうか。「普通でしょ」でも結構効くはずだ。

 

どうして効果がばつぐんなのかというと、常識的であろうとする人は、他人の意見を非常に重要視する協調性の高い人物だからだ。代表例を挙げるなら「WORKING!」の松本麻耶氏だ。

dic.nicovideo.jp

 彼女は「普通」であろうとする。過剰なまでに「普通」にこだわるその様子が「普通」ではないのだが、そのジレンマが彼女のキャラクターとしての魅力になっている。彼女は曲者揃いの登場人物たちと同じレストランで働き続けられるほど協調性が高いのだが、そこも「普通」ではない。

 

松本麻耶氏の魅力については、ブログというフォーマット上で語るには余白が狭すぎる。ここでは彼女の言う「普通」に焦点を当てるとしよう。

 

「普通」は「常識」と言い換えてもそれほど違和感がない。しかし、対人トークするうえで「常識」は角が立って聞こえるので、「普通」と言い換えられるケースが多い。反対に、自分の意見を主張するときには「普通」と言うよりは、「常識」と言ったほうが説得力を高められる。人間は難解な言葉を連結した文章を聞いていると、次第に理解が追いつかなくなり、正常な判断力を失ってしまう。私が唐突に、とうに連載終了した漫画の登場人物を持ち出したのも、長い文章を書いていて正常な判断力を失い始めているからだ。

 

人は判断力を失った場合、どのような選択肢を選びやすくなるか。その時、人の心理に「デフォルト値効果」というものが作用する。

www.dhbr.net

デフォルト値効果とは「料亭で松竹梅のうち竹を選んでしまう」という、自然と損失回避を行う人間の習性だ。つまり「判断が難しくなると人は最も損失を回避できる選択肢を選びやすくなる」ということだ。

 

「常識」は人の思考の基準となりやすい。すなわち「デフォルト値」となりうる。「就活する人は黒のリクルートスーツと白いシャツを着るのが常識」など、セールスの常套句だ。「下手な冒険をするより、こっちの方が安全だ」と認識させ、購入者の財布の紐を緩ませるのが目的なのだ。すなわち、「常識』はセールスにおけるキラーワード」なのだ。

 

「商品」を売るな、「知識」をシェアせよ

携帯電話業界の3大キャリア(ドコモ、auソフトバンク)を選ぶ人が多く、また薦められるままのプランに加入する人が多い現実は、デフォルト値効果の威力を証明している。料金を下げることを重視するなら、仮に「格安SIMに乗り換える」の一択しかないとしても、「損失回避」の心理が働いてしまうと、人は現状を維持する。

 

MVNO仮想移動体通信事業者)の回線契約、いわゆる格安SIM契約に至るまでは、検討材料が多すぎる。どのMVNOのプランがお得か、自分にあったSIMフリースマホはどれか、MNP(携帯電話ナンバーポータビリティ)のやり方はどうやるか、ちゃんと電話がかけられてネットも繋がるのかなど、不安材料を挙げればきりがない。

 

「もし何かあったら不安だから、今までどおりでいいや」となるのは人間として自然なことだ。これは人間の心理であって、総務省が動いたところでどうにもならない。

www.itmedia.co.jp

 

やるべきことは3大キャリアをはじめとした販売店の姿勢を、「商品を売る」から「知識をシェアする」にスイッチすることだ。携帯電話販売において、ユーザーに最も近い位置に立つのは販売店と、現場でセールスする人間だ。彼らが真にユーザー目線で商売するなら、「自社製品をすすめる」姿勢から、「自社他社問わずユーザーにとって最適なプランを提案する」姿勢に変わるべきだ。そのためには、企業本体が考え方をシフトしなければならない。

 

ユーザーは販売店で知識を得て、家に帰って考え直して、お風呂に入って、ご飯を食べて、あくびでもして寝たら、起きた翌朝には、自身にとって合理的な判断を下すだろう。

 

その結果、自社サービスが選ばれなかったとしても、それはセールスマンが悪いのではなく、サービス自体に魅力が無かったということなのだから、個人に責任があるわけではない。

 

サービスを提供する会社も「ユーザーに最適な選択肢を選んでほしい」という姿勢に変われば、短期的な損益に目がくらむことはない。売上が落ちたのなら「ユーザーが求めている商品を開発しよう」と行動し、いずれは真に価値ある商品・サービスを提供するようになるだろう。そうして、三方良し(売り手、買い手、世の中すべて得すること)の世の中になっていく。

 

綺麗事に聞こえるだろうか? 私もそう思う。だが、理想や理念のない企業や個人のあり方は果たして健全だろうか? 私はそうは思わない。

 

記事のまとめ

話が長くなってしまい、とうとうカフェオレも底をつきそうだ。3杯目をいれる前に、この記事の論旨を書いて締めよう。

 

常識」で売るな、「未来」で売り込め。豊かな社会は其の先にある。