木戸めぐるの巡回動機

~副題はまだない~

夜勤の後は無理するな、そしてネガティブにもなっちゃいけない

夜勤明けに人はポジティブになれない。今回はそんな話だ。顔では笑っていても、身にまとう空気はダーク。それを夜勤明け状態という。

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夜勤明けとはそもそもなんなのか。あくまでも私の界隈での話で、説明する。もしかしたら夜勤明けとは「夜勤が終わったその瞬間」や「飲み会で終電間近になった帰りに乗る電車で飲むミネラルウォーター」であると定義づける人もいるかもしれないので、そんな人々を否定するつもりはない。私の言う夜勤明けとは、いわゆる深夜帯をまたいで勤務した翌日のことを指す。例えば10/1を夜勤開始日とした場合、夜勤終了日は翌日10/2の朝7~9時ぐらいだとしよう。その夜勤終了日が夜勤明けだ。

 

私はIT業界で働いている。いわゆる労働者だ。少なくとも資本家ではない。世間では100万ドル以上の資産を持つ人のことをミリオネアという。しかしミリオネア=資本家ではない、ということも付け加えておかねばなるまい。というのも、労働者であっても100万ドルの資産を有することは不可能ではないからだ。単純に計算して、年間の手取り額面1000万円の条件で就労している人が、そのすべてを貯蓄に回してしまえば、為替の影響もあるが、およそ10~15年程度で100万ドルを貯めることが可能であり、ミリオネアになれる。生活支出を計算に含めていない以上、これはただのエグザンプルだ。ミリオネアになりたければ誰かと一緒に住んで住居にかかる出費を抑えよ、などと庶民のことをわからぬ公爵になった気分でレクチャーするつもりもない。私の実家は華族や貴族の家柄ではないからだ。

 

ノット貴族の私はミリオネアではなく、労働者として税金を収めている。そのお金が私の家から30mの距離にある公園の整備費用に使われていると思うと感慨深い。公園は国や自治体の有様を反映しているとは、「蒼き鋼のアルペジオ」で主人公の父親が口にしたセリフであるが、これは的外れではない。

 自治体の所有する公共施設を維持するためには、下世話な話に思われるかもしれないが、金がかかる。短期的には施設の清掃、中期的には施設の補修、そして長期的には施設の拡充だ。それらの仕事をこなすのが人間でもロボットでも、どちらにしても金がかかる。人間の労働力には対価として金銭と福利厚生を、ロボットにはエネルギーとメンテナンスとグリスアップだ。

 

もはやこの文章を読んでいる勘の鋭いあなたにはおわかりのことだろうが、あらゆる点において対価は発生するのだ。その対価を自治体はいかにして捻出するか。それは住民の納める税金だ。時にはボランタリーな人々により対価の発生しないケースもあるが、人の意志がシステム化できないという条件下においては、税金システムにより生み出された金銭により公園の掃除を行うのが、現実的な管理方針だろう。

 

なんの話をしていたのだったか。そう、私の家の近所にある公園がキレイに維持されているという話だった。その事実はとりもなおさず、私の得たお金が税金として自治体に有効活用されているということなのだ。自治体に納める税金を私は労働力との価値交換で生み出された給料で支払っている。私が労働力を発揮する職場では、早朝出勤や夜勤といった勤務スタイル、いわゆるシフト勤務が採用されており、この記事を書いている前日に私は夜勤を開始し、そして今日は夜勤明けなのだ。

 

余談になるが、日本のコンビニエンスストアではシフト勤務を採用している。コンビニはもはや日本における公共インフラに近づきつつある。日本人にとっては蛇口をひねれば水が出る、が当然の認識だ(災害時や断水時を除く)。コンビニに行けば当面の食料が手に入る。これは人間にとって必要な栄養源のインフラストラクチャー。人口の少ない地方においてはコンビニが営業していないところもあるが、今後は採算を無視した形でそのようなエリアにコンビニが出店する、ということも考えられる。買い物難民と化している一人暮らしの高齢者世帯への対策は、高齢化待ったなしの日本においては、早めに手を打っておけば中長期的に見て為政者にとってもメリットになる。

 

と私は思うのだが、なかなか周囲の人の同意を得られない。そもそも私の話の進め方が悪い。最初に結論を述べておいて、話がすぐ終わると期待させておきながら、すぐ脱線して公園の維持とかコンビニの話をしだすから、タイムリミットのチャイムを鳴らしてしまうのだ。別に私が鐘を鳴らしているわけではないのだが、語り手の私が他人の時間を奪っている、いわば聞き役をその場に留まらせて時間停止させているようなものなので、間接的にあの鐘を鳴らしているのは私なのかもしれない。

 

夜勤がどうやって人からポジティブな気分を奪うのか。それは単純にその勤務形態が人間から余力を奪うだからだ。

 

夜8時から夜勤シフトに入り、翌日の朝8時に夜勤を終えるとしよう。その場合、労働時間の対象としてみなされるのは12時間だ。休憩時間も含んでいる。ちなみにこれは例としてあげただけであって、私が夜勤シフトに入る場合はもっと長い。まあ、例にせよ私のケースにせよ、10時間以上働いていることになるわけだ。

 

1日に10時間働くことは日本においてそう珍しいことではない。身近な例として、始発電車に乗って会社に着いたら即仕事にかかり、終電ギリギリになってようやく帰宅の途につく、というブラックな勤務が常態化している会社もあった。今でもあるかもしれない、いやあるだろう。それと比較すれば10時間は短い時間ではあるが、それはルールの異なるゲーム、例えばマリオカートとグラツーの両者における車両の挙動の再現性について優劣をつける議論のような、例えばマイクラDQビルダーズそれぞれのUIやストーリー性について批評するような、「同じ舞台で比べるな」というツッコミで解決しそうな生産性のない話し合いの火種になりかねないので、詳しくは触れない。そもそも労働時間の長さが夜勤の特徴ではない。夜勤の最大の特徴は「ほぼ夜更かししている」、なのだから。

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あなたにはないだろうか。24時間生放送と言いながらCM枠の長い番組を眠らずに見ようとした経験が。その時、あなたは辛かっただろうか、辛くなかっただろうか。

 

卑近な例を出すが、私の場合は例の番組をずっと見続けようと試みたことがある。私が「試みた」という言い回しをする場合、周囲にはバレていないが、9割方の試みは失敗している。そう、見続けることができなかったのだ。周囲の人にバレていないはずがないだろう、という指摘はやめてほしい。私にだって思い込みたい事柄があるのだ。

 

24時間、極力テレビの前に居ようと努力はした。しかしだ、ラスト1時間のクライマックスに感動を覚えなかった番組視聴は、視聴したと確信を持って断言してよいものなのだろうか。私にはそうは思えない。

 

その番組視聴の後、アルバイトに身をやつしていた学生時代の私は、当時の市場価値としてはかなり目劣りする労働力を提供しに、アルバイト先へ出勤した。先に言っておく。労働中にポカをやらかしたとか、そこの社長(に近い人)に奇跡的にも特別ボーナスをもらったとか、そんな面白い話はない。勤務中というよりは勤務後にとあるインシデントが発生した。

 

勤務先からどうやって帰ってきたか、家にたどり着いた時に何も思い出せなくなっていたのだ。身体になんの怪我もなく、忘れ物もしていない。しかし私の記憶から帰宅中の記憶はすっかり、完全に、抜け落ちていた。

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なぜそんなことになったのか。いろいろ考えたが、やはり例の番組をずっと視聴していたことが大きな要因だと私は結論づけた。その後ですぐに部屋に行き布団に入った。少なくとも、自宅の前で気絶するように倒れて眠りこけるような、マンガでたまにあるかもしれないコマ割りは私の人生19節には挿入されていない。

 

夜勤の特徴にして問題点に話を戻すが、つまるところ夜更かしすると人間はパフォーマンスが大幅に低下するということだ。世の中には昼のパワーナップ(昼寝)と夜に1時間未満の睡眠をとるだけで活動できる超ショートスリーパーが居るようだが、そのような超能力を身に着けた人々と私は違うので、ある程度まとまった時間眠らないと頭が冴えない。とはいっても、7時間も睡眠は必要ではなく、3~5時間あれば活動に支障はない。

 

夜勤中に仮眠をとることは可能だ。休憩時間に仮眠をとることまでは制限されていない。しかしここで考えてほしいのが、はたして私のように椅子の上で眠ることはパフォーマンスの維持という目的を果たしているのか、ということだ。

 

今のように夜勤シフトで働くようになってからそれなりに時が過ぎたが、未だにスリープオンザチェアーの後で活発に動くことはできない。残る体力を絞り出して勤務終了、すなわち夜勤明けの時刻までパフォーマンスを維持するのみだ。

 

活動的になれないことを年齢のせいにするのは筋違いだ。例の番組を非難するわけではないが、私は20歳未満の頃であっても夜更かしした後はまるでリキュールドランカーのようにどうやって帰ったかを覚えていないのだから、トレーニングしない限り私が夜更かしに弱いという特性は変わらないだろう。

 

 夜勤明けのようなパフォーマンスの低下した状態では、状況をポジティブに見ることはかなり難しい。これも訓練次第なのかもしれないが、未熟者の私には「これこれこういう理由で遅刻します」と連絡してきた同僚を「連絡してこない人よりだいぶマシ」と見ることはできない。せいぜいその同僚について考えないようにする程度だ。間違っても非難してはいけない。それではネガまっしぐらだ。

 

そして危険なのは、人間は基本的にネガティブな方向に思考を向けやすく、ポジティブへ向かおうとする意思が弱いほど、ネガティブな思考になったり、態度に現れたりしやすくなる、ということだ。この特性は、生物として考えてみれば当たり前で、楽観的よりは悲観的に構えて不意の出来事に対処できるようにするという、生存のためのスキルなのだ。

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悲観的、つまりネガティブに考えておく方が人間として自然なので、誰しもパフォーマンスが下がっているときーー例えば夜勤明けーーにはネガティブになりやすい、ということになる。

 

長々と4,000文字以上に渡って書いてきたが、この記事の論旨はひとつだ。ポジティブな人間のままでいたければ、夜更かしはするな。

 

だが、貴重な時間を割いてまでこの記事をここまで読んでくれたあなたに強要するつもりはない。ただあなたを尊敬し、感謝する。読んでいただきありがとうございました。

 

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