木戸じゅん。

猫のように身軽に生きる

見たものを見たまま捉えて、タグ付けしない

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平穏なメンタル状態を維持するため、しばらく前から心がけているのは、日常で遭遇した事象にタグ付けしないことだ。

 

どういうことかというと、たとえば歩きスマホをしている人を見たとしても、「歩きながらスマホを操作している人がいるな」で終わらせる、ということだ。

ついつい、歩きスマホする人を嫌悪の眼差しで見てしまうところだが、その反応は怒りの感情で、穏やかなメンタルには毒でしかない。

その怒りにずっととらわれ続けている間、ずっと毒に侵されることになる。

 

そうならないためには、まず目の前で起こった出来事をありのままで把握する必要がある。

放っておくと、

歩きスマホしている → マナーが悪い → マナーは守るべきだ → 守らない人は……

のように自動的に評価されていく。

個人の思想や価値観によって評価は変わってくるが、この自動評価システムは脳内で勝手に起こるので、強制的に遮断してやる必要がある。

 

そこで、見たまま感じたままを捉える=タグ付けしない、が使える。

歩きスマホの例で言えば、「歩きながらスマホを操作している人」という観察だけで留めておく。

より正確に言えば、観察した事象に自動で付いたタグを外す、ということだ。

「あの人はスマホを操作しながら歩いているね」と心の中で言えば、少しだけやりやすくなるはず、と私は感じている。

 

私もやり始めたばかりなのだが、これには慣れが必要だ。

タグ付けをやめるより先に、感情が自動的に作られてしまう。

難しいが、健常なメンタルを維持するためには、練習を積むしか無い。

 

2020年最初の記事をつらつらと

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2020年をまさか無事に迎えられるとは、というのが新年を迎えての正直な感想である。

というのも、私はだいたいこの時期には風邪で体調を崩すのが慣例なのだが、2019年度はまだ風邪を引いていない。

年末あたりに関節の痛みや軽い喉の痛みがあったけれど、症状が進行しなかった。

願わくば、このまま体調を崩すことのない人生を送りたい。

 

さて、新年といえば『新年の抱負』というものを決めるのが一般的だ。

私自身は、一般的から外れようというつもりはなく、気の向くまま自分に正直に過ごしていたらマイノリティーになってしまうだけで、新年の抱負のようなものがないわけではない。

いや、ある。

 

抱負というか、生活にひとつルールを追加する。

それは、『床の雑巾がけを一日一回行う』だ。

床全面を雑巾がけするとなると、ちょっとした運動になるので敬遠していたのだが、そうすると気がついたら床にホコリやら毛やらが溜まっていってしまう。

しかし、毎日床を拭いてやればそんなことにはならない。

床の雑巾がけには5分もかからないが、一日のどのタイミングでやるかがまだ定まっていない。

寝起きか、風呂に入る前か、寝る前か。

今のところは寝起き、もしくは風呂に入る前にやっているが、どちらかに統一して習慣化したい。

「ロボット掃除機を使えば楽できる」と多くの人は思うのだろうが、私は「ロボット掃除機の管理が面倒だ」と考えてしまうので、なんらかの外的要因が割り込まないかぎり、今後もその手の家電を買うことはないだろう。

 

あと、年末年始の休みを利用して、メインPCをWindowsからUbuntuLinux)に切り替えた。

この記事もUbuntuのPCで書いている。

今のところ、通常使用に問題はない。

Windows依存からの脱却を図っているところだが、このまま上手く行くかは、まだわからない。

初期投資を抑えられるLinux系搭載PCなら、今後PCを買い換える際のコストを下げられるので、上手く付き合っていきたい。

 

新年の挨拶もなにも無い記事になったが、私はアレが苦手なので省略する。

まあ、こんなだからマイノリティーなわけである。

 

【デジタルミニマリズム】調理のためにキッチンタイマーは手放さない

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持ち物を減らすために試行錯誤している私であるが、そんな私にも減らせるにも関わらず減らしていない物がある。

キッチンタイマー』がそれだ。

 

キッチンタイマーは、基本的に調理において時間を測るときに使う。

しかし、タイマー機能ならスマホにだって付いているので、わざわざキッチンタイマーを使わなくてもいいだろう、と以前の私は思っていた。

 

今は考え方が変わっている。

キッチンタイマーに比べ、スマホのタイマー機能は使いづらいのだ。

 

理由としては、

スマホはいつも手元にあるわけではない(充電中など)

・タイマー機能のためにロック解除→アプリ起動しなければならない

・洗い物で手が濡れているときにスマホのアラーム音を止めにくい

 

これらは調理中に限った話で、昼寝の時間を測るような用途なら、スマホのタイマー機能が役に立つ。

アラーム音をオフにして、代わりにバイブレーションをオンにすれば、周りに迷惑がかからない。

けれど、こと調理にかけてはスマホのタイマー機能は使いにくいのだ。

 

そのような判断から、私はキッチンタイマーを使い続けている。

スマホ依存からちょっとだけ脱却できた。

これもデジタルミニマリズム

【備忘録】画面とメモを見比べるなら『メモ』を基準に確認せよ

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仕事を円滑に進めるための、ちょっとしたテクニックについて、備忘録としてつけておく。

 

先日、サーバーの設定を手元のノートにメモし、その後でメモが正しいことを再確認するとき、『ディスプレイの表示値』と『手元のメモ』のどちらを基準にすればよいか、迷ってしまった。

IT系の仕事をしていると、メモを取るシーンは少なからずあるので、こういうケースにおける自分なりのやり方を定めることにした。

 

1.メモを見て、そこに書いた値を覚える

2.画面を見て、表示されている値と覚えている値を照合する

 

簡単に言えば、「メモを先に見て、次に画面を見る」になる。

この順序が逆になると、ちょっとしたメモならともかく、メモした項目数が多くなるにつれて確認スピードが落ちていく。

 

それはなぜか。

手元のメモは正確ではなく、また、メモする順序も整っているわけではない。

画面を基準に確認していくと、

1.画面の値を覚える

2.散逸したメモから値を探す

3.メモの値と覚えた内容を照合する

の3ステップになる。

メモを基準にした場合に比べて、確認に1ステップ増えてしまう。

 

対して、メモを基準にすると、いかに散逸していようが、上から順番に確認していけばいいだけなので、「今どこまで確認したっけ?」となりにくい。

 

これまで、このような確認プロセスは感覚的にやってきたので、やり方がぶれていた。

ちょっとしたテクニックだが、自分なりのやり方としてまとめておくと、仕事のスピードアップにつながっていくはずだ。

 

私が外食に及び腰な理由

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一般的に、外食には月に何回行って、予算としていくらぐらいなのだろうか。

 

「そんなの人それぞれだ」としか答えようのないこの疑問を私が抱いたのは、私は外食の機会を頑なに避けているとしか表現しようのない行動をしていると、自覚したからだ。

記事冒頭の疑問はさておき、なぜ私は個人で外食することを避けるのか、ということを考えてみよう。

 

まず、おひとり様でお店に入店するのが嫌なのか、というと別にそんなことはない。

過去に一人カラオケも一人レストランもやったことがある。

一人焼肉はまだないが。

 

外食で割高な料金を払うのが嫌なのか?

いや、ここ数か月で臨時収入があったにも関わらず外食しなかったということは、金額の問題ではなさそうだ。

 

お店で人に注文するのが苦手なのか?

ーーいや、まあ、うん……そうね。

たぶんおそらくきっと、これっぽい。

コミュ障みたいな理由だが、一番しっくりくる理由だ。

 

知らない人に話しかけるのが怖いとかではない。

ジモティーで全く知らない取引相手に物を譲ったりとか平気でできる。

 

コミュニケーションの機会を避けているのではなく、私個人の食事のために他人の手をわずらわせるのが嫌なのだろう。

自分の食べる分ぐらいは、自分で買ってきて、料理したり盛り付けして食べる。

それが当たり前すぎて、その当たり前(コンフォートゾーン)を守ることが、外食で美味しい料理を食べることよりも、優先されるのだろう。

 

私が外食に及び腰な理由、それは「いつも通りの食事が好きだから」が結論である。

 

【自論展開】『俺たちがクリスマスだ』

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この記事を書いている日は12月24日、この日の夜は一般的にクリスマスイブと呼称される。

明けた翌日は12月25日、クリスマスだ。

 

さて、日本では年中なにかしらのイベント日を設ける傾向にあるが、ハロウィーンやバレンタインと比較しても、クリスマスに向けた力の入れようが半端ない。

年末年始やお正月と比べても、負けずとも劣らないのではないだろうか。

 

なぜここまでクリスマスが盛り上がるのかというと、あらゆる企業がこぞって年末商戦に向けてリソースを割いているからに他ならない。

クリスマスの時期、街中にツリーやネオン、赤白緑といった色合いのオブジェクトが増えるのは、私たちの遺伝子が求めるのではなく、企業がクリスマス風に彩っているからだ。

 

それが良いとか悪いとか、そんなレベルの話は一旦置いておくとして、この記事では『俺たちがクリスマスだ』論を展開しようと思う。

ちなみに、括弧の中に誤字脱字はない。

もう一度書くが、『俺たちがクリスマスだ』論である。

 

クリスマスに対しては、各人様々な思いがあると思う。

子供のいる親なら子供へのプレゼントのこと、母親なら夕食で出すケーキのこと、交際中のカップルならデートのことを考える。

それを考えるのがまた楽しいのだ。

楽しくさせるのは、他人を喜ばせようというエネルギーによるものだ。

自分以外の誰かのために、というポジティブなエネルギーが増えれば、もっと世界は良くなる。

 

また、クリスマスを忌み嫌う人もいるだろう。

「年末で忙しく仕事してるのに浮かれやがって」とか、「一緒に過ごす彼女(彼氏)なんていねえよ」とか。

それらの念が集って、もう何年も前からクリスマス中止の呼びかけがネット上でされているようだが、中止になったことは一度もない。

残念ながら大勢は覆らないようだが、今後もクリスマス中止の活動はゲリラ的に続けられるだろう。

 

クリスマスに対してどのような思いがあったとしても、この時期にクリスマスのことを考えた時点で、そのことを意識することになる。

その意識が、クリスマスというイベントのエネルギーになっていく。

クリスマス料理でもケーキでもプレゼントでも、ツイッターへのネガティブな投稿でも、なんでもそうだ。

私たちがクリスマスを意識して行ったあらゆることが、クリスマスになる。

もはや、全員が一丸となっているに等しい。

 

これが『俺たちがクリスマスだ』論だ。

 

ファッション難民が服装についてアレコレ語る

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私はファッション難民である。

ファッション難民とは、ざっくり言うと「これが自分に似合う服だ」といえるスタイルを確立していない人々のことを言う。

 

とは言え、ファッションの理想像がないわけではなく、私にも憧れの俳優の一人ぐらいは居る。

近年のマーベル映画で『アイアンマン』を演じるロバート・ダウニー・Jr氏だ。

身長も割と近いということもあって、勝手に親近感を覚えている。

映画の中での立ち振る舞いや服装など、自分が彼ぐらいの年齢になったら、ああなりたいと思っている。

 

 

理想はあるのだが、あくまで理想であり、服装の真似はしていない。

たまに鏡を見ながら笑顔の真似をしたりはするけど。

服装の模倣をしない理由としては、単純に気乗りしないからだ。

だって、服が増えるじゃないか。

 

kidomeguru.hatenablog.com

上記のような記事を書いて公開するぐらい、私は服の管理を面倒くさがるタイプなのだ。

管理の仕方に慣れているスーツを私服に流用するのは合理的だ。

合理的過ぎてますますファッション難民から抜け出せなくなっていく。

 

だが、今後もしスーツスタイルが自分の定番になれば、ファッション難民ではなくなるかもしれない。

まあ、ならないかもしれないが。

 

いや、正直なところ、スーツが機能的、かつリラックスできるせいで、やめられないという事情もある。

スーツは窮屈で嫌だという人も多いが、私はその逆で、スーツを着ていると落ち着くのだ。

さすがに寝間着にはしないが、もしも寝てもしわのつかないスーツがあればそれを着て眠るかもしれない。

 

ファッション難民だが、とりあえず着ていたい服はある。

そんなだから、難民なんだろうな。